“日本語で歌う外国人”の最高峰、没後20年のテレサ・テン
昨年の紅白にも出場したクリス・ハートをはじめ、
近年Jポップや演歌などを歌う外国人が増えているといいます。
日テレ系「のど自慢ザ!ワールド」といった番組や、
YouTube上で歌を披露する動画を見たことがある人も多いのではないでしょうか。
そんな日本語の曲を歌う外国人歌手の先駆け的存在で、
同時に最高峰となるとやはりテレサ・テンを置いて他にいません。
まさに余人をもって代え難い存在。
政治に翻弄された波乱の人生やその死の謎がクローズアップされがちな彼女ですが、
ここではそこから少し離れてその歌と楽曲の素晴らしさを改めて考えてみたいと思います。
日本語の意味より音が先にある
『ベスト・ヒット テレサ・テン』 (Universal Music、 2014年10月からハイレゾ配信)。没後もCDがリリースされ続けている
1974年に日本での歌手活動をスタートした彼女ですが、
やはり忘れがたいのは80年代半ばから後半にかけての5曲。
作詞・荒木とよひさ、作曲・三木たかしによる
「つぐない」、「愛人」、「時の流れに身をまかせ」、「スキャンダル」、「別れの予感」は、
日本の流行歌の頂に位置すると言っても過言ではありません。
これらの曲には作家と歌い手が向き合ってきた時間の重みと気品に加えて、かわいげがあります。
そんな楽曲に対してテレサの歌はベストマッチでした。
日本語を理解するよりも先に正確に発音することが優先されるので、
曲を意味の呪縛から解放している。
唇と舌と歯で文字をなぞる作業の忙しさによって歌から余計なエモーションが排除されているのですね。
曲をしめつけるような歌い手の演劇的な脚色は、
テレサの歌には皆無です。響きが全てにおいて先立っている。
とは言っても、テレサが詞の意味を無視しているということではありません。
しかし生前の会話からも推察できるように、
英語を媒介に文脈を把握することで発音と理解との間に少なからずタイムラグが生じていたように思います。
それもまた芝居がかった歌を封じ込めながら、
味気なさを回避できた要因だと言えるでしょう。
もうこんな歌手は二度と出てこない……
もっとも、それは外国人が母国語以外の曲を歌うときには当たり前のことのように思えますが、
その心地よさを際立たせていたのがテレサ自身の声質です。
子音を発するときの薄いグラスの縁を爪ではじいたような乾いた金属音。
それと地続きのようにして渇きをうるおしていくうねりを生み出す母音。
そのメリハリが飴と鞭のように鼓膜をマッサージする。
特に「た」行と「な」行が多く出てくるフレーズでのテレサの歌はたまりません。
<愛をつぐなえば 重荷になるから>、
<お酒のむのもひとり>(「つぐない」)<尽して 泣きぬれて>(「愛人」)
言いなれない言葉に食らいつこうとあがく口腔が、
こんなにもなまめかしいものかとうっとりとしてしまいます。
『テレサ・テン メモリアルTV~今、甦るテレサ・テン~』(DVD)
そこで忘れてはならないのが、
やはりこの傑作を生み出した荒木とよひさと三木たかしのコンビです。
音の側面からテレサの声を活かすための言葉のチョイスであると同時に、
ひとつのストーリーを持った詩として十分な読後感を与える詩を書いた荒木とよひさの仕事はまさにプロフェッショナル。
「別れの予感」の詞とメロディのマッチングは白眉です。言葉がメロディを要求し、
その音楽が文脈を説いていくように手を取り合っている。
そして三木たかしによるメロディも、実に流麗でありながらハードです。
<だからお願い そばに置いてね いまはあなたしか 愛せない>(「時の流れに身をまかせ」)
というフレーズは、クリシェ(決まり文句)
でありながら短時間で音の高低を行き来しなければならない実にシビアなタスクを歌い手に課しています。
さらにその歌い手は、この言語を母国語としていない。
ゆえに発音とピッチの正確さが同時に求められており、
しかもそれが楽曲のクライマックスに用意されているのですね。
この厳しさが、テレサの歌から艶を引き出したことは言うまでもないでしょう。
テレサが亡くなってから今年でちょうど20年になります。
いまでも時折テレビで彼女の姿を観るたびに、
「もうこんな歌手は二度と出てこない」との思いを強くします。
歌っているときの、ちょっとしたらすぐに涙があふれ出しそうな顔が鮮明に焼き付いています。
そしてその危うい表情を思い浮かべるときには、
きまって80年代の5曲が流れているのです。
※ユニバーサル・ミュージック テレサ・テン公式サイト
http://www.universal-music.co.jp/teresa-teng/
<TEXT/音楽批評・石黒隆之>
文章來源:2015/01/23 / j-spa
文章網址:http://joshi-spa.jp/180937
作者:石黒隆之
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